ブラックをつきぬけろ!

いくつものブラック企業を乗り越えてきた男が、 社会で頑張る人の背中を押すブログです。

宝塚歌劇団について

こんにちは。

 

 

このブログはブラック企業のことを

取り扱っているので、触れないわけには

いかない問題がある。

 

 

宝塚歌劇団である。


事件の概要

 

・「嘘つき」などの暴言

・やけどを負わせるなどのパワハラ

・常軌を逸した長時間労働

 

 

このような事例があったという

報道がされている。

 

 

自称ブラック企業に詳しい私が

判定します。

 

 

まごうことなき

ブラック企業

です。

 

 

というか誰が見ても明らか。

 

 

今回の件に関して遺族の方には

心よりお悔やみ申し上げます。

 

 

私も似たようなブラック企業

勤めていたので他人ごとに思えない。

私の場合はたまたま生き残っただけで、
たまたま運が良かっただけ。
まさに痛ましいの一言である。

 

被害者を助けられたか?


宝塚歌劇団と言えば観客に夢を売る
商売である。

希望を売る商売である。

 

 

ただ悲しいかな、そこで働く人は

スーパーマンであることを強いられる。

完璧な人間であることを強要される。

これが被害者のプレッシャーに

なっていたのかもしれない。

 

 

被害者の家族に何かできたことは

あったのだろうか?

一体どうすればよかったのか?

私の持論を述べたい。

 

 

「被害者を洗脳

するしかない。」

 

 

被害者は心身ともに疲れ果てた状態。

思考回路が停止した状態。

いわば会社に洗脳されている状態。

 

 

もし彼女が助かる可能性があるとしたら

家族が被害者の首根っこをつかまえて

被害者を監禁し隔離するのみである。

洗脳には洗脳で返すしかない。

 

 

本来であればじっくりと時間をかけて

専門家の指導のもと心のケアに

専念するしかないのだが、

そんな時間は残されていないだろうし

事実残されていなかった。

 

 

被害者の首根っこをつかまえて

会社から隔離し自宅に監禁する

しかなかったのだ。

 

 

念のため補足させてもらうが、

これでさえ被害者が助かる可能性は

きわめて低いと言わざるを得ない。

 

 

被害者には一生恨まれるであろうし

被害者自身が立ち直れるかどうか

わからないからだ。


正直な話、無駄なあがきのたぐい
でしかないのかもしれない。
それほどに被害者は追い込まれて

いたのである。

 

 

最低の会見


みなさんは

宝塚歌劇団の会見を

ご覧になりましたか?

 

 

「被害者も

加害者もいない」

 

 

だそうだ。

 

 

まただ。

いつものやつ、いつものやつだ。

 

 

ブラック企業は決まってこういうことを

平気で口にする。

 

 

私も幾度となくいくつものブラック企業

同じことを言われた。

 

 

冗談抜きでブラックマニュアルの

ようなものが販売されているのでは

ないかと疑いたくなるほどに

奴らは一言一句同じセリフを吐く。

 

 

遺族の悲痛な叫び


ニュースになっているものの

一部を抜粋させていただく。

 

 

心身共に疲れ果てた様子の娘に何度も

「そんな所へ行かなくていい、
もう辞めたらいい」
と止めましたが、

娘は「そんなことをしたら上級生に
何を言われるか、
何をされるかわからない、
そんなことをしたらもう
怖くて
劇団には一生いけない」

と涙を流しながら必死に訴えてきました。

 

 

唯一私からアドバイスできることが

あるとすれば

 

 

ブラック企業

社員のことなど

これっぽっちも

考えていない」

 

 

私も体験者なのでこれだけは

自信を持って言える。

 

 

事実そうなっている。

こんなにショッキングな事態に

なっているというのに

 

 

「加害者も

被害者もいない」

 

 

この言いぐさ。

 

 

何とも思っていないのだ。

被害者などどうでもいいのだ。

被害者に興味がないのだ。

 

 

このことを誠心誠意被害者に

訴えるしかなかった。

辞めたほうがいい、ではなく

無理やりにでも辞めさせるしかなかった。

たとえ被害者が立ち直る可能性は

低いとしても。

 

 

遺憾とはまさにこのこと


この事件は風化させてはならない。
被害者の犠牲を無駄にしてはならない。


実はブラック企業には弱点がある。
自分たちの悪行が明るみに出るのを
恐れているのだ。

 

二度とこういう悲しい事件が
起こらないように声をあげ続ける
しかないのだ。


こういうときのための
SNS社会であると信じている。

 

 

 

 

それじゃ。